かなな著
カフェに戻った芽生は、何を話したのか記憶にないくらいだった。
何も話さなかったかもしれない。
しばらくして、久美と一緒にいた公恵だけがカフェに戻ってきて、
「雅は分かってくれたよ。何とか話はついたから。・・・雅は久美達が送るんだって。」
と言う声は、だいぶと興奮気味だ。頬を染めて、興味本位丸出しの瞳で言ってくる彼女は、久美とは違う。この状況をまるでワイドショーを見るかのように、楽しんでいるようだった。
「ありがとう。本当に助かったよ。久美達にもありがとうって言っておいて。僕からも後でメールするから。」
と答える優斗は、見る間にホッとした顔をする。
感謝の感情一杯の表情で話す優斗に、ポーとなる公恵だが、芽生の視線にハッとなって、
「じゃあ、そうゆう事で・・。」
と言葉を濁してあっという間に席を立って、去ってゆく。
残された二人は、また無言に戻った。
「・・・・そろそろ帰る?」
ポツンと呟く優斗に、芽生がうなずくと、彼はサッと立ちあがって、会計を済ませてしまった。
あまりに早い動きに、一瞬付いてゆけなくなってしまうほどだ。
今日の出来事は、優斗自身にとっても、とても疲れるものだったのだろう。
脱力気味の彼は、無駄口をたたいて、芽生とのきまりの悪い沈黙を何とかする気力を失ってしまったようだった。
お互い共通の駅までたどり着くと、
「じゃあ。」
の一言でサヨナラだった。
芽生との余韻の片鱗さえない。彼の後ろ姿はあっという間に人ごみの中に消えて行ってしまう。
あまりにあっけないくらいの幕切れだった。
始めから優斗との付き合いは、ストーカー問題から始まっていた。
雅の付きまといに困り果てていた彼は、始め芽生だけに相談を持ちかけたが、芽生のミスで余計ややこしくなってしまった。
だから芽生の友人達の力を借りて、ストーカー問題を解決しようとしたのだろう。
ただ、雅に挑むには、芽生の演技はだいぶと物足りない。
優斗に『もう少し楽しそうにしてもらえるかな?』なんて指摘される程、ぎこちなかった。
これでは、雅と対峙しようにも、かえって事の次第を見破られる可能性を疑ったはずだった。
後になってから思う。だから彼は言ったのだ。
『今度の土曜日。二人で会おうか。どこがいい?』と。
もう少し自分に馴染んでもらうために・・・。
彼女と対峙するために、もう少し芽生の態度が変わるように、一緒に二人で過ごす時間を作ったのだ。
彼の計算は雅だけに対峙する場合は、効果なかったかも知れないが、彼女の心の奥底には響いていたはずだった。
友達の久美の説得のおかげもあって、なんとか問題は解決することが出来た。
そんな経緯を考えもせずに、バカみたいに浮かれて遊園地に出向いていって、心ならずも役にたったのだから、結果良かったか。悪かったのか・・。
(素直な感情がある人だ。・・・悪い人じゃない。)
と、信頼しかかっていた所に、優斗の対応が、ストーカー問題があるがゆえのものであった事実は正直こたえた。
遊園地でみせた彼の優しい瞳は、演技だったのかと思ってしまう。
いや、演技だったのだ。
それを家に帰ってから、つくづく実感した芽生は、理由のつかない苛立ちに捕えられた、
自分自身の浅はかさに自己嫌悪するのはもとより、怒りは優斗にも向かう。
人の感情を計算にいれた行為は大嫌いだった。
納得出来かねた。
今日も明日も、翔太は強化合宿で戻ってこないので、余計鬱々となるのかもしれない。
朝はいなくてよかった。なんて思っておきながら、今はいないと苛立つ自分自身にさらに自己嫌悪。
どんよりと、何もする気もおきずにジッとしていると、一通のメールが届く。
『今日はありがとう。楽しかった。雅の事も片付いてよかったよ。ところで明日、親父いないから、ホームシアター使えるけどどう?』
(!)
と、優斗からの、のん気な内容は、目を疑うものだった。
(どうゆつもり?)
信じられなかった。
が、彼が送信してきた内容通り、今日の朝、遊園地に行く途中で、優斗の家にホームシアターがある話は耳にした覚えがある。
芽生はそれを聞いて、「一回見てみたい。」と、答えた。
「じゃあ、うち来てみる?親父が家にいる時は、勝手に見たら嫌がるから見れないんだけど、いない時あったら言うよ。」
なんて返事が返ってきたような覚えがある。
それを言っているのだろう。
何気なく言った一言を、覚えていてくれていたらしい。
でも、なぜ今になっても、誘ってくるのだろうか。芽生の役目は、雅の一件が片付いたから、終わり。ではなかったのか?
何か裏でもあるのかも知れない。
これ以上、あれこれ彼に惑わされるのはゴメンだった。
断りのメールを入れようとして、ハタと考え直す。
一言、彼に言ってから、優斗との関係は終わりにしてもいいかと思ったのだ。
人の感情をもてあそぶやり方は、イヤだった、と・・・。
このモヤモヤ感は、芽生を苛立たせるものだった。彼に言ってスッキリしたかった。
そう思った芽生は
『了解。何時くらいがいい?最寄りの駅を教えてくれたら、そこまで行くけど・・。』
と返すと直ちに返信メールが届いた。
『朝10時くらいでよければ。駅は○×線の△△駅。』
『了解』
彼の家に行って、ホームシアターなんて見る気など、さらさらなかった。
メールでこの件を送ってもいいが、彼本人の前で、ハッキリ言ってやるのだ。
その時、芽生はそう思った。
次の日の朝。
固い表情のまま、芽生は教えられた駅の前で、彼が来るのを待っていた。
昨日は10分前には来ていた彼が、30分近く過ぎても現れない。
駅を間違えたのかと思って、何度も昨日のメールの内容を見るのだが、ここに間違いなかった。
(どうしよう・・。)
帰ろうかな。
3度目に思った途端、猛スピードで走ってやってくる優斗の姿を認めてハッとなる。
芽生のそばまで来ると、ハアーと息を吐いて腰を折る。
「・・ご・めん・・。」
息も絶え絶えと言った感じで、うめいて謝る姿は必死だった。
(!)
あっけに取られる所か、毒気を抜かれてしまった。
そして視界にイヤでも入ってくる物・・・彼に最も不似合いな物体が、握られていた。
スーパーの袋だった。透けて見えた中味は、人参、玉ねぎ、じゃがいもといった食材が詰められている様。
「・・・・。」
「ここの近所のスーパー。10時開店だなんて、知らなかったんだ。・・とっさに違うスーパーなんて思い浮かばなかったし・・。
今日のお昼に、芽生のご飯を、もう一度食べさせてほしいんだ。」
ニッコリ笑って言う笑顔は、まさしく極上の天使の笑みだった。
「私のご飯?」
「そう、肉じゃがなんてどう?ベーシックな総菜だけど、・・・昨日、弁当を食べてみて、芽生の肉じゃがを食べてみたいと思ったんだ。」
ダメ?
首をかしげて問いかけるのは、反則技だ。
「作ってもいいけど・・口に合うかどうかわかんないよ。」
彼に会うまでは、ああ言ってやろうとか、こう言い放って帰ろうとか、いろいろ考えていた文句はどこに行ってしまったのか。
口を開いて答えた自分の言葉に、芽生自身首をかしげたほどだった。
(まさに優斗マジックだわ・・。)
芽生は心の中でポツリとつぶやいて、すっかり肩の力が抜けてしまった状態で、彼の後についてゆく。
(ご飯食べ終えてから、きちんと話そう・・。)
心の中で、そうつぶやいた芽生だったのだった。